「樹原君は、思い出せない四時間弱の時間のどこかで、階段を上っていたと言うんです」
「階段?」と純一は訊き返した。
「ええ。死ぬかもしれないという恐怖を感じながら、階段を上っていたと」
                 
 「13階段」高野和明 講談社文庫

 言いがかりをつけてきた相手を殺してしまった三上純一は、仮釈放後、両親や弟の生活が一変してしまっていたことを知る。被害者への補償、殺人者の家族という汚名。そんな生活の中でも優しく迎え入れてくれた両親のために何かをしなければ。もどかしい思いを抱く純一の元に、刑務官、南郷が訪ねてくる。自分と一緒に死刑囚の冤罪を晴らしてくれたら、成功報酬一千万を分け与えよう――というのだ。
 匿名の篤志家がその死刑囚、樹原亮に肩入れするのには理由があった。状況から見れば確かに強盗殺人犯に見える樹原だが、バイク事故によって事件前後の記憶を完全に失っていたのだ。記憶がないために「改悛の情」を示すことが出来ず、無期懲役かもしれないところが死刑判決になり、さらに無実かもしれないのにそれを証明することが出来ない樹原。彼の死刑執行日時は近づきつつあり、南郷と純一に残された時間は約3ヶ月しかない。ふたりは樹原の冤罪を晴らすことができるのか。
 物語は、ふたりが樹原のために、改めて丹念な証拠探しに苦心するだけでなく、刑務官南郷がこの仕事に取組んでいる理由、死刑執行起案書を作成する参事官の複雑な心境、そして純一が自分の罪、現在を振り返る姿――というものが丹念に描き出されている。
 記憶を失った樹原がようやく思い出した、「階段」の記憶。わずかな手がかりは彼を救うことができるのか。
 第47回江戸川乱歩賞受賞作。解説の宮部みゆきが絶賛しているように、ちょっとした会話がピカリと光る。



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