リディアの唇を、宝石のように豊かで思いもかけない言葉が満たした。魔法、呪縛、幻影、幽霊、ヒキガエル、女魔法使い。
             
  「影のオンブリア」 パトリシア・A・マキリップ(井辻朱美訳) 早川書房

 この世でいちばん美しく、力のある豊かな国オンブリア。オンブリアには影の部分があり、影の都はオンブリアと同じだけ古く、どちらも同じ時代、同じ時期にあって、日々その両方を歩けるのだという説もあれば、オンブリアが危機に瀕すれば影の都と入れ替わり、新たに美しく力のある都市へと変容するのだという説もある。そのオンブリアで、大公ロイス・グリーヴが死去した。酒場からつれてこられた愛妾リディアは宮廷を追い出され、ロイスの大伯母で権力を我が物にしようとたくらむドミナ・パールが次の大公となる幼いカイエルを操るのを遠くから見ていることしかできない。カイエルの年上の従兄、オンブリアでもっとも暗い地域を彷徨いながら絵を描くことだけを楽しんでいたデュコンもまた、オンブリアの権力をめぐる陰謀に巻き込まれてゆく。一方、オンブリアの影の部分、地下世界では女魔法使いの作りあげた蝋人形のマグが、ふとしたきっかけで自分が蝋人形ではなく人間であることに気づいてしまっていた。それまで主人であるフェイの言うがままに動いていたマグだが、その日を境に密かに自分で考え、自分で動きはじめる。それは、ドミナ・パールの命令によりデュコンの命を奪おうとしているフェイのたくらみを邪魔することだった――
 オンブリアという架空の(でも欧州風の)国のごちゃごちゃした裏通りや地下世界、豪華な宮殿といったものがいかにもファンタジーといった様子で詰め込まれていて、うまくはいえないのだけれど、正統派。とはいえ、地上と地下の価値観というか世界観が微妙に狂っているところがいい。それにしてもなにがいいって、最後の最後の「それからいつまでも」。ある意味、大どんでん返し。これを読まずに挫折してはいけません。
 2003年度世界幻想文学大賞受賞作。



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