存外幸せな人生だったと武田は思った。
「椿山課長の七日間」 浅田次郎 朝日新聞社
接待の席で倒れ、気がついたら純白の花を咲かせる沙羅の並木道を歩いていた椿山和昭。脳溢血だか心臓発作だかで、どうやら死んでしまったらしい。中陰役所、「スピリッツ・アライバル・センター」(SAC)の妙に俗っぽい役所の講習で、「邪淫の罪」に問われた椿山は、どうしてもそれを認めることができない。しかも、現世には幼い息子と若い妻、バーゲンセール真っ盛りの職場を残してきているのだ。「相応の事情」がなければ認められないという再審査請求をしてもいいんじゃなかろうか。
ということで、前世の彼とは似ても似つかぬ美女、和山椿となった椿山課長の七日間。正確には初七日までなので、戻ってからの時間は約三日。彼と一緒に現世に戻ったのは人違いで殺されてしまったというヤクザの親分武田と、交通事故で死んだ小学生の男の子、根岸雄太。物語は彼らの「相応の事情」――現世でやり残したことをやり遂げようとする短い日々が語られる。
ボケ老人だと思っていた父親が、実は一世一代の大芝居を打っていたと知ったショック。妻の裏切り、息子の大人びた言動、そして……――次々と明らかになる真実に、椿山課長が得たものとは。
泣きました。なにがいいって、雄太くんもいいけど、やっぱり浅田次郎なんだなあ、武田がいいのだ。前世の彼とは似ても似つかぬ大学教授風のインテリに変えられた武田が、かつての子分たちに会いに行く。自分が生きていたらいつかはカタギにしてやったのに、それもかなわなくなってしまった。彼らを捨てた親よりも、死んでしまうなんて尚悪い……後悔と哀しみの中で、自分が殺された理由を探してゆく。笑いあり涙ありの、浅田次郎らしい一冊である。
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