彼女はドアのところで一度ふり返って、「待っててね」と囁いた。
「わたしを待っててね」
「ジェニーの肖像」ロバート・ネイサン(井上一夫訳) ハヤカワ文庫
1938年の冬、貧しい画家イーベンは、こころの中に冬を抱えていた。金も友だちもなく、空腹で疲れはて、絶望のどん底にあった彼は、たそがれの遊歩道でひとりの少女に出会う。古ぼけた型の服を着て、大人びた口調で話す少女は、ジェニーと名乗った。イーベンは彼女をスケッチし、その絵によって幸運を手にしてゆく。だが一方、イーベンのもとを訪れては去ってゆくジェニーは、彼が最初出あったころの小さな少女ではなくなっていた。会う度に成長してゆくように見えるジェニー。彼女は現実の存在なのか。それとも?
わたしが大きくなるまで、あなたが待っていてくれますように。
ジェニーの願いは叶ったのか。
すでに古典となっているので、ネタばれしてしまってもかまわないと思うが、最期の瞬間に出会った運命の人のもとへ繰り返し訪れる、というお話である。この物語では変わらぬイーベンに対してジェニーが成長していく姿で現れるが、成長していく少年のもとに変わらぬ姿の女性が訪れる話が、萩尾望都「マリーン」。どちらも叙情的なせつない物語に仕上がっている。
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