(勝たなければ――)そして、勝ったがために、それが押し寄せてきた。
               
 「硫黄島に死す」 城山三郎 新潮文庫

 ロサンゼルス・オリンピック馬術大障碍の優勝者、男爵(バロン)西と呼ばれたほどに親米で知られた西中佐は、その派手で気ままな天性の生き方を貫いてきたが、終戦直前、敗北が明らかな硫黄島へと送られる。死を覚悟した西の脳裏に浮かぶのは、かつての華やかな日々。さらには、馬術において、(勝たなければ――)と悲壮な決意を持つ日本チームと、(勝つもの)と決め込むアメリカチーム、その二者を横目で見つつ、大切な馬を傷つけないことが紳士的騎手の姿である、と勝負にこだわらない姿を見せつつも、アメリカで暮らし、己を卑下しているフランスの老少佐の姿だった。(勝たなければ――)。だが、その思いがこの硫黄島では通用しない。生きるか、死ぬか。そしてはげしい戦いは、本土で<硫黄島玉砕>のニュースが流れた後も続いていた……
 短編集。
 舞台は主に戦場だが、戦後から戦中を振り返る話もあるし、戦争小説以外のものも収められている。といっても、やはり迫力は戦争小説のほうである。
 同じ戦争を描いてはいても、時期も、場所も、主題も違う。だが、解説にあるように、共通しているのは少年兵の姿、無垢ゆえにまっすぐな視線で戦争そのものをみつめる少年兵の視線である。あるものは戦後生き延びてから、生きること、死ぬことについて、自分たち少年兵とは違って、年を重ねた上官たちは口とは裏腹な思いを抱いていたのだ、ということに気づく。あるものは、そのようなことを知る間もなく、ただただ死んでいく。年を重ね、ただ無残に失われていった友の命を思う者もいる。作者自身の戦争体験も重ねあわされているそうである。しみじみとした読後感のある作品が多い。
「硫黄島からの手紙」もすでにDVD化されていることであるし、重ね合わせて読んでみるのも良いと思う。




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