「教えてくれないか。どうしたらそんなふうに優しくなれるのだろう」
           
「イノセンス」 山田正樹 徳間書店

 公安9課バドー。彼の身体のほとんどは義体だ。ある夜、バセットハウンドのガブのためにドッグフードを買いに行った帰り道、電脳をハッキングされて危うく死にかける。だが、物語はこのハッキング云々の原因を突きとめたり、バドーの(というよりは社会の)敵を追うものではない。バドーは危ういところを助けてくれたアンドウを救うために自らの電脳を初期化し、それによって――彼の魂を感じることのできなくなったガブが夜の街へと彷徨い出ていなくなってしまう。その犬を探すのが……この物語の核である。
 サイボーグに魂なんてものがあるのか? ガブがなついていたのは、バドーの魂だったのか……ガブを求めて街を彷徨うバドーの前にあわられる人々、そして増殖する疑問。答えのない問いばかりが増え、そしてそれにはどういうわけか、ガブがいなくなったあの夜、初めて会っただけだったはずの男、アンドウが関係していた。
 映画「イノセンス」の前日譚ともいうべき物語。大喰らいで怠惰で頭もあんまりよくないバセットハウンドへの愛着が、行間からもにじみ出てくるところが、別に取り立てて犬好きではないわたしでもじわっとくるほどなので、おそらくは犬好きにはたまらない小説に仕上がっているものと思われる。SFだ、とか映画観てないし、とか小難しいことは考えず、愛情ってなんだろうとか魂ってなんだろうとか…そんなことも忘れて、ただ人が犬と向きあったときに生まれてくる感情の動きだけを追って読んでもいいと思う。人形であれ、犬であれ、無垢な存在と相対したとき、人は自分を知ることができる。



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