「じゃまかな? じゃまなら消えるけど」
 彼は、少し笑って言った。
「いや、待ってたのさ、君をね」
 それを聞いて僕も微笑みを返した。
「そうかい、遅くなってごめんよ」
    
 「イリュージョン」 リチャード・バック(村上龍訳) 集英社

 副題は「退屈している救世主の冒険」。
 飛ぶことを愛し、愛機フリートとともに空を飛ぶ「僕」が出会ったのは「救世主」、ドナルド・シモダ。自動車修理工兼救世主、アメリカの神の化身と呼ばれていた男。三万五千人の目の前で忽然と姿を消した彼は、かつて自分の意志で救世主であることをやめてしまった人物だ。
 冒頭に掲げたのはこのふたりの出会いのシーン。
 さて、救世主のドンはいう。
「やめたければ何だってやめられるよ、気が変わったらね、君が望むのなら、息をするんだってやめられるぜ」
「どんな場合でも俺達は、選ぶことができるんだ、他人を傷つけるってことも選択の中に入っている」
「俺達は、やりたいことは何でも自由にやれるんだ」
 ドンのことばはある意味とても過激だ。けれど、たしかにそのとおり……と納得させる力も、持っている。
 レンチが空を飛んだことよりも、ドンが飛行機に給油しないことのほうに傷つき、
「飛行機に関する魔法はもうやめてくれ、俺は小さい時から空を飛ぶことにあこがれ、飛行機と共に生きてきたんだからな」と心の中で呟く「僕」のヒコーキ野郎ぶりもいい。


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