「トリックでしたのね――残酷なトリックですわ」とエリーは叫んだ。
「私は殺人はよいこととは思いませんから」とエルキュール・ポアロは答えたのであった。
「船上の怪事件」(「黄色いアイリス」所収)アガサ・クリスティー(中村妙子訳) 早川書房
船旅を楽しむポアロの前に現れるさまざまな人間模様。病弱でわがままな財産もちの妻、彼に仕える夫、そしてその夫に対して心を寄せているらしき若き女性と、おてんばな少女たち。大佐を名乗る夫の過去を、疑わしげに軽蔑する将軍。そして、船の停泊中に、妻が殺された――犯人は誰か。
短編集。しかも、ポアロものだけではなく、パーカー・パイン、ミス・マープル、ノンシリーズものまでもが含まれた豪華な取り合わせとなっている。しかも、ポアロものもいくつかに分類できるとも思うのだが、この本の中には、ヘイスティングもの、ミス・レモンもの、旅行もの、と3本揃い踏み。
とりたててそういう作品を揃えたわけではないだろうが、今回のポアロやパーカー・パインは、どちらかというと自分たちの職業をあからさまにはしたくないようなときに限って(休暇中とか)、事件にめぐり合っている。とはいえ、そんなときでも灰色の脳細胞のポアロは自信たっぷり、目立ちたくて仕方ないといった風にしゃしゃり出てくる。一方、パイン氏のほうはといえば、やはり相変わらず、奇妙に遠回りな手段を使って物事を解決する。別々に読んでいると見過ごしてしまいそうだが、並べてみるとこの二人、似ているようでまったく似ていない。それでいて、ともに魅力的。クリスティーの技が冴える作品群である。
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