その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載った
ことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。
                  
 「異国伝」 佐藤哲也 河出書房新社

 ある国は自分たちの国が地図に載っていないことを嘆き、ある国は怒り、ある国はそんなことを知らずに暮らしている。
 物語は、そんな小さな国の物語――『あ』「愛情の代価」から『ん』「ンダギの民」まで、さまざまな国のお話である。
 ある国は革命を起こし、ある国は王に従っている。ある国は砂漠をさまよい、ある国はときどき消滅し、ある国は女神の再来を目撃している。戦いに敗れた国が街道の邪魔になったり、船舶の通行の邪魔になったりもしている。どの国もあり得ないが、どの国もあり得る。民主主義に目覚めた国があり、差別を否定する国があり、滅びを受け入れる国がある。ひとりの邪な人間の思惑にまんまとはめられる国があり、若者が美しい乙女に恋をする国もある。同じような小さな国なのに地図に載っている隣の国を妬む国もある。物語は「異国」と銘打ってあるが、なんと身近に感じられることか。
 わたしの今年の読書の収穫は、佐藤哲也との出会いである――といいきってしまうほど、佐藤節ともいうべきものにハマっているわたしにとっては、たまらない作品。図書館で借りてきたけど、たぶんそのうち買ってしまうと思う。全体としては笑いを誘うような話ではないが、例えば「帝国の逆襲」などは、おそらくかなりのユーモアが含まれている。多くを運まかせにする無能者の急使を描きながら、
「というよりも偶然に身を委ねていたのは急使ではなく、実は物語の展開そのものであったということになる」
 などと書いてしまうところは、思わず吹き出してしまった(ちなみにこの話はラスト一行もまたすばらしい)。

 ふと思ったのだが、これってもしや「キノの旅」大人版、なのかも……ともあれ、オススメである。
 ちなみに、『を』がないのがつくづく残念…むずかしいのはわかるのですが。



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