連日連夜の空襲があり、物資は欠乏し、食料さえなく、もはや碁を打っているような時代ではなくなった。
しかし、棋士たちは碁を打つことしか能力がないから、こういう時は打つ手がない。
「昭和囲碁風雲録」 中山典之 岩波書店
昭和、と銘打ってはいるが、話は明治、大正期なくしては始まらない。昭和初年度に活躍した棋士たちの多くが、大正期にも活躍していたからである。
傑出した逸材が出たと思えば、派閥争いで分裂する。あちらと手を結び、こちらと手を切り、またこちらと結びなおす。囲碁のことなどまったくわからないわたしでも楽しめるのは、おそらく、そういう人間くさい、なまなましい出来事が淡々と描かれているところにあるのではないだろうか。中山氏の手にかかれば、棋士は碁を打つことだけしか知らず、だからこそ、ときには思い込みで、ときには周囲に踊らされて、外から見ればわけのわからぬ分裂と結成を繰り返しているのであり……そこがなんというか、「いかにも」世間知らずの碁打ちらしくてよい。
もちろん、そんな政治的なことばかりが書かれているわけではない。
兄でし、弟でしという関係ばかりでなく、好敵手だからこその仲よしがいる。勝っても負けても、うれしい対局がある。わけても、次々と現れる新星に立ち向かう大正期の大家たちを描く筆がよい。若者に負けを喫するようになっても、なお風格を失わなかった老大家にむける眼差しの優しさ、にじみでる尊敬の念。筆者の人柄がしのばれ、なんともよい気分になる。
頂上を極めた棋士たちをいきいきと描いたノンフィクション。おそらく囲碁を少しでも知っている人なら、わたしよりももっともっと楽しめることと思う。そうでなくても、中山氏の人柄のしのばれる文章にぜひふれてもらいたい。オススメの一作。
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