<こんな生き方が出来たら、この世も楽しいだろうな>
           
  「一夢庵風流記」 隆慶一郎 新潮文庫

 こんな男を想像してもらいたい。
 まず、堂々たる偉丈夫である。派手な衣装に身を包み、これまた信じられないほど強そうな野生馬にまたがっている。もちろん、見掛け倒しではなくとにかく強い。正面からぶつかっていけば跳ね飛ばされるだけだし、彼が長槍を振り回せば、5、6人は軽くなぎ倒される。かといって、こっそり近づこうとしても隙がない。どんなに酒に酔い、寝ているように見えても、つねに太刀を枕元に立てかけている。こんなに強い男だが、かといって粗野ではない。むしろ学者も驚くほどの教養人である。流麗に詩を読み、古典籍にも詳しく、書画を嗜む。異国の言葉もあっというまに覚えてしまう。
 いい年をしていたずら好きでもあり、他人をひっかけて大笑いしては楽しんでいる。自分の好きなこと、やりたいことしかしないので、歩いているときにも唐突に道を帰るし、後戻りすることもしばしばである。友人の家には勝手にあがりこみ、本を読んだり茶を飲んだり寝転んだり、友人がいてもいなくてもくつろいで過ごす。笑いたいときに笑い、泣きたいときに泣く。
 こんな男に誰が惚れずにいられようか。
 のちに一夢庵と称する前田慶次郎は、彼を付け狙っていたはずの刺客がいつの間にか彼を守る側にまわるほどの男である。傾奇者と知られる彼は、派手な格好を好み、相手がどんな身分であろうとかまうことはない。だから、目上の者には嫌われることもあるが、一度彼に惚れてしまえば、とことんまで惚れぬいてしまう羽目になる。
 なんとも奔放な生き方に、読みながらも呟いてしまいそうになる。
「こんな生き方が出来たら、この世も楽しいだろうな」と。



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