「ジャック! 考えてなかったわ……だれも考えていなかった……きっとウイルスよ。あるいは細菌か。わたしたちにはなんの防御もない……!」
「シャングリラ病原体」フリーマントル(松本剛史訳) 新潮文庫
連絡の途絶えた南極のアメリカ観測基地に赴いた救助隊が発見したものは、たった数日間の間に中年から90歳の老人と化し、老衰で死んでいった観測員たちの姿だった。未知のウィルスか、それとも細菌か。記録類、死体をすべて持ち出し、基地を焼却することで病原菌の拡大を防ごうとした彼らだが、救助隊のメンバーも、リーダーのジャック・ストッダート以外全員が罹患する。わずかな期間で髪や歯が抜け、あるいは老人性の痴呆症となり話もできなくなる仲間たち。ストッダートは原因解明に力を注ぐことを決意するが、彼を取り巻く周囲は政治的な色彩を帯びて緊張していた。北極の英仏基地、シベリアのロシア基地でも同様の事態が発生していたため、緊急に集められた国際的なグループ内では、どの国の科学者がリードを取るのかということを含め、政治家同士の足の引っ張り合いが行なわれていたのだ。科学者グループの中にも己の業績にこだわり、大切なデータを隠す者も現れる。だが未知の病気は全世界に広まっていた。果たして誰がこの病気を食い止めることができるのか。
地球温暖化への警鐘の意味が込められた作品。作者自身のまえがきによれば、温暖化により溶け出した南極、北極の氷からは、実際に14万年前のウィルスが発見され、その時点でなおも植物を感染させる力を持っていたのだという。現代科学や医学ではいかんともしがたい病原菌は、まだまだ氷の中に眠り、溶け出すのを待っている可能性は十分にあるのかもしれない。政治家たちの足の引っ張り合いやらなにやらが多く、途中は少しだれ気味なのだが、ラストは思わずのけぞるほどに衝撃的。ふつうエピローグとして「その後」的なものが書かれるだけだと思って流し読み気分で読んでいたので、余計に背筋が凍ったのかもしれない。このラストを読むだけでも、上下二冊、読む価値あり。
それにしても。シャングリラ病原体、という題名はどうなんだろう。このネーミングはアメリカ大統領が思いつきでつけ、周囲の人間が内心馬鹿にしているようなものなのである。原題どおりにしろとはいわないが、なんとかならなかったものか。
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