鉄扉の閉まる重い音がした。七月某日午後三時ちょい過ぎ。おれが外の自由な世界から締め出された瞬間だった。
「ハンプティ・ダンプティは塀の中」 蒼井上鷹 東京創元社
ちょっとした交通事故(といっても相手を引きずった上にタイヤに巻き込んでしまっているわけだが)から留置室に入れられることになってしまった新人のワイ。そこで同室になったのは、古書蒐集に熱を入れすぎたあまりに窃盗罪でつかまったハセモト老人。部屋長はプロの泥棒であるデンさん。麻薬所持でつかまったというミュージシャンの卵ノブさん。そして、つるつるつやつやとした坊主頭のマサカさん。詐欺のようなものでつかまったとしか口にしない謎めいたマサカさんだが、留置室内で話される、あるいは発生する不思議な事件にいつもあざやかな解決をつけるのはマサカさんだった。
短編集。
ときには自分の事件について、ときには留置室の狭い窓から見える不思議な少女について、ときには過去の事件について……限定された空間、限定された情報で想像力だけを駆使して謎を解く、というあたり、究極の安楽椅子探偵ともいえる(決して「安楽椅子」というような優雅な状況ではないのだが)。しかも、なによりいちばんの謎は、マサカさんの存在そのものである。ときには警察を手伝い、ときには自分の弁護士を通じて情報を手に入れ、まるで犯罪者らしからぬ気楽な生活を送っているかのようなマサカさん。一方では留置室に長く留まることを希望しているかのようにも振る舞っている。いったいマサカさんは何をして、どんな理由があって留置室に入れられているのか?
なんともいえないとぼけた風味のあるラストまで、ぜひお楽しみいただきたい。
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