ハウルはうんともすんとも言いません。しょんぼり座って震えているだけです。
「口もきいてくれないんです」困りきってマイケルがささやきます。
「ただのかんしゃく」とソフィー。
「魔法使いハウルと火の悪魔」 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(西村醇子訳) 徳間書店
昔話でおなじみの七リーグ靴や姿隠しのマントが本当にある、インガリーの国。そんな国で三人きょうだいのいちばん上に生まれたら、なにをやったってついていないのは当然。運試しで成功するのはいつだって末っ子で、長女は失敗するに決まってる。
ソフィー・ハッターは帽子屋の長女に生まれ、<がやがや町>というにぎやかな町でそれなりに裕福な暮らしをしていた。が、父親が死に、優しいけれど若くて金髪の継母は、娘たちのことと同じくらいに自分のことが大切。そこで、次女で美人のレティーはパン屋のチェザーリに、三女で将来出世するはずのマーサは魔女のフェアファックス夫人のもとへ、そして出世の望みなんてまるでないソフィーはそのまま帽子屋に残ることに。妹ふたりがいなくなり、話し相手のいないソフィーはいつしか帽子に話しかけるようになるが、それこそが――ソフィーが知らぬうちにかけていた魔法。青緑色の麦藁帽子には若さ、薄茶のボンネットには貴族との結婚。ソフィーの店の帽子をかぶったジェーン・ファリアが貴族と駆け落ちしたことから、いろんな帽子が次々に売れてゆく。けれどそれが荒地の魔女の目にとまり、18歳のソフィーはおばあさんになる魔法をかけられてしまう。
年をとったソフィーは家を出て、若い女の子の心臓を盗むという魔法使いハウルの動く城に、掃除婦として勝手に住み込むことにする。ぞっとするほど汚い家は掃除をする必要があったし、若い女の子でなくなったソフィーが心臓をとられる心配はないからだ。おめかし好きで惚れっぽくて、女の子をひっかけることをゲームにしているハウルの、不思議な一面。「ウェールズ・ラグビー」なんて書かれた妙な服を着て、ハウエルなんて呼ばれているハウルは、いったいどういう人物なの? しかもどうやら、いまハウルが夢中になって口説き落としているのは、ソフィーの妹のレティー・ハッター。大変、レティーを守らなくちゃ!
ハウルと契約を結んでいる火の悪魔カルシファー、ハウルの弟子、マイケル、そしてソフィーを追いかけてくる気味の悪いかかし。流れ星を追いかけたり、王様に会いにいったり、ソフィーの毎日は、帽子屋にいたときとは大違い。それまで、びくびくと怯えて暮らしていたソフィーは、おばあさんになったことで図々しく、いいたいことをいって、やりたいことをやれる力を得たのだ。魔法使いのハウルだって、ただの若造じゃないの、と、おばあさんになったソフィーは強い。
自分では気づかぬうちにハウルの服に女性をひきつける魔法をかけてしまったり、心配していたはずの妹に、逆にハウルに心を奪われるなんて姉さんかわいそう、と同情されてぷんぷんしたり、元気になったソフィーは、18歳のソフィーのときより可愛らしい。
「ハウルの動く城」原作。
とはいえ、アニメとはまったく違う。原作にも戦争の話はちらっと出てくるが、それがメインでは決してない。そもそも、アニメのようなべたべたな恋愛ものではないし。ソフィーとカルシファーとのやりとりが可愛らしくて楽しくて、そして失敗ばかりの長女のソフィー。間抜けなソフィーと妙なところだけ神経質なハウルとの掛け合いがよい。
映画をみて、なんか暗い話かも…と思った方がいるかもしれないが、原作はむしろ明るくハイテンションで進行する。元気になりたいときにオススメの一冊。
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