「どうして、あんたはそんなぐあいに自分を責めてばかりいるんだ?」
「なんだって?」
「どうしてあんたは、なんでもかんでも、自分の行動をそんな最悪の方向へばかり絞りこむんだ? どうして自分を信じないんだ?」
「大いなる旅立ち」 デイヴィッド・ファインタック(野田昌宏訳) 早川
この本に手をのばさない、のばしたくない人の気持ちもわたしにはわかるつもりだ。
なにせ、表紙が目を背けたくなるような少女漫画的イラスト。しかも、シリーズ名は「銀河の荒鷲シーフォート」。で、これを実際アニメファンを自称するようなヲタク風女子高生あたりに勧められたら……おそらくわたしであっても、逃げる。
だが、これが理由でこの本を読まないのはもったいない。だいたい、中身は表紙からは思いもつかないほどに泥沼心理描写の連続なのだ。
主人公ニック・シーフォートは弱冠十七歳の先任士官候補生。ばりばりの宇宙軍軍艦<ハイバーニア>に乗り組む彼は、後任の士官候補生たちの監督という役目をこなすことにも苦労している。責任をこなせない自分への自己嫌悪。上官である中尉からは航天技術がなってないということで罰点をくらい、計算力のなさに嫌気がさして落ちこみ……とにかく、自己に厳しく、責任感の裏返しで自己否定感が強い。後任の士官候補生に対する「しごき」に対して、その正当性を自分にいくら言い聞かせても、こんなことまでしてしまう自分はなんていやなやつなんだ、と吐き気が止まらない。
と、これがなんと一人称で語られるのだから、その泥沼ぶりを想像してみてほしい。
さらに。
これはもう裏表紙のあらすじを読むとわかってしまうことなので書いてしまうが、偶然につぐ偶然の結果、上官すべてを失った彼はハイバーニアの艦長になってしまうのである。訳者あとがきから抜粋すれば「軍規だけを厳格に遵守して権威にしがみつくことで、なんとかやっとアイデンティティを保」ち、「高圧的で偏狭でくそ真面目、どうにも鼻持ちならぬ未熟者」であるニックには、他に選ぶ道もなく。法的にはどうしたって自分がならなくてはならない、ただそれだけの理由で。そして艦長になったニックはとにかく次々に押し寄せる難問に、とにかくまじめに、軍規によりかかって対応しようとする……。と。本音では自分自身だって矛盾を感じずにはいられないこともあるわけだ。けれどそれを押し隠して艦長になっているのに……どうせ理解されないんだ、とか。こんな風に悩むのは自分が未熟だからだ、とか。とにかく、どんどん孤独に陥っていくことになる。彼を理解してくれる人は誰もいない。
法的には正しいことをしている。でも、そんな自分を自分で認めることができない。周囲の誰にもこの孤独感をわかってもらえない。友だと思っていた人々を苦しめることで生き延びようとしている自分の醜悪さ。
よくもまあという、自己否定、自己嫌悪の連続。自殺願望。繰り返す、これが一人称で語られるのだ。
ここには、ハインライン流「渡る世間に鬼はない」てきな明るさは、ない。ハインラインにもたしかに未熟な青年が艦長になってしまう「スターマン・ジョーンズ」という作品がある。しかし、あの話で見られたような、周囲の励まし、あたたかい目というものは、ここにはない。
そう……若造がトップに躍り出る話はビジョルド「戦士志願」だってそうだし、アスプリン「銀河おさわがせ中隊」だってそうだし……いろいろある。でも、普通の話は、「俺の法が世間の法」、世の中なんて甘いもの……なのがふつう。気ちがいじみた自信にあふれていたり、若者らしいパワーで押し切ったり。
ニックにそれは、ない。暗い。読んでいて、こんなに暗い話があっていいのか! と思う。
でも……いつのまにかひきずられているのだ。さすが、ジョン・W・キャンベル賞受賞作品。
とにかく、読んでみてほしい。
この自己否定、徹底した孤独感、いつまでいっても救いがない、ってのには、ほんと、逆説的快感を感じてしまうに違いない。
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