「だけど、生きるということは食べることなんだ……だれが決めたんだ。食べなきゃいきられないってことをさ! 木ネズミも食べる。魚も食べる。二本足の人間だって、ずいぶんいろんないのちを食べているよ……よいことだ、悪いことだと、それをかんたんにいうことはできやしないさ」
         
「銀のほのおの国」 神沢利子 講談社

 トナカイの心臓には小さな骨のかけらがあるという。そのかけらが三億たび月の光を浴びたとき、死せるトナカイはよみがえり、ふるき銀のほのおの国もよみがえる……。
 たかしとゆうこの兄妹は、ふとしたことからマンションの壁を抜けて、青犬が支配する荒涼とした地、いままさにトナカイはやてがよみがえり、青犬と戦って銀のほのおの国をよみがえらせようとしているところに足を踏み入れてしまう。その目の中に荒野を持つという青犬夜風と、古きよき銀のほのおの国をよみがえらせんとするはやて。その戦いの中に巻き込まれてしまったたかしとゆうこの旅は、冒険というにはあまりにもトーンが暗い。
 二重三重のからくりがとり巻いているかもしれないこの世で、信じられるものはいったい何なのだろう。と、何度も問わずにはいられないたかし。
「なぜ、わしが戦うか、知っておるか」とたかしに問うはやて。
 はやての中にも、多くのいのちを失う戦いでしか得られない楽園への疑問があるのだ。
 こうやって書いてみると、ずいぶん暗い話のようだ。けれど、読み出したらとまらない魅力があることも事実。「戦い」を肯定するたかしの最後の言葉の持つ意味を、深く考えてみたい。



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