「バベルの会とは、幻想と現実とを混乱してしまう儚い者たちの聖域なのです」
「儚い羊たちの晩餐」(「儚い羊たちの祝宴」所収) 米澤穂信
わずかな会費を延滞したばっかりに、バベルの会を除名されてしまった大寺鞠絵。悔しさに涙する彼女に気づくこともなく、父親は手に入れたばかりの料理人――厨娘を自慢することに夢中だった。最高級の料理人というふれこみでやってきた厨娘の夏は、確かに、かつて食べたこともないほどに美味な料理を作り上げた。しかし、わずかばかりの食卓を用意するのに必要な膨大な食材。費用がかかることも、厨娘を抱えることの楽しみの一つなのか。成金の父親にその楽しみがわかるはずもなく、いつしか彼は、夏に対して苛立ちが隠せなくなる。そんないまこそが、いい出すチャンスだった。おそらく夏が作ったことのない、これまで誰も依頼したことがなかった料理、アミルスタン羊を食べてみたい、と。
連作短編集。どの作品も、やや古めかしく、お嬢様と彼女に仕える使用人、どちらかの一人称で書かれていることが特徴。お嬢様はいずれも十代後半、大学で「バベルの会」という読書会に入っている。そんなわけで、お嬢様も使用人も、登場人物のほとんどが古今東西の作品を好む読書家だが、その読書傾向はやや推理小説に傾いているといってもいいだろうか。
個人的に好きだったのは、「山荘秘聞」。何事にも完璧さを求める主人公が、山奥の別荘の管理人となる。しかし、そこは客の来ない山荘だった。完璧に磨きあげ、準備したこの山荘に足りないのはお客様。そんなある日、彼女は山で足を滑らせた遭難者を発見する――
『ミザリー』を思わせる出だしと、あっと驚くオチ。
ある程度の量のミステリを読んでいると、取り上げられているネタが「あ、きっとこの作品だ」と思えるので、そういう楽しみ方もできるだろう。気軽に読める作品。
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