「いずれにしろ、ぼくはランバート夫人が、本当にどんな女だったか、それを確かめるまでは気が休まらない」
           
「ヒルダよ眠れ」 アンドリュウ・ガーヴ(福島正実訳) ハヤカワ文庫

 妻ヒルダ殺しの罪で起訴されたジョージ・ランバート。彼にはアリバイもなく、愛人までいた。彼の無実の訴えは真実なのか? ランバートによれば、人の恨みを買うなどということには一番縁の遠い人柄で、家庭的なヒルダ。夫婦喧嘩をしたこともなく、娘とも大の仲良しの母親――だが、ほんとうに? 友人の無実を晴らすため、ランバートの戦友マックスが探りあてたヒルダの本性とは。
 夫によれば、少し偏屈だけれど結構いい人間。退屈だけれど性質は問題なく、消極的な女。けれど、ランバートでなければ誰かがヒルダを殺したのだ。他人を殺人にまで駆りたてる女ならば、まったく逆の性質――愛にしろ、憎しみにしろ、奔放な感情を持つ女であるはずだ。そう考えたマックスが調べていく、その過程で出てきた恐ろしい真実。――ああ、こういう女っているよね、いるいる!(笑)
 語るもおぞましい悪女、とまでいってしまうのは言い過ぎだと思うのだが、親切なようで押し付けがましく、限りなく利己的で、しかし自分を犠牲者に見せるのはとことん上手な腹黒い女。ヒルダの弟に至っては、姉を知っている人間ならば誰だって彼女を殺す動機を持っている、とまでいう。となれば、いったい誰が彼女を殺したのだ? 探りあてた真実が、またあらたな謎を呼ぶ。
 やや古めかしくはあるが、おもしろい。謎よりも、ヒルダという女性そのものが興味深い存在なのだ。解説によればこれは、加害者よりも被害者に眼を向け、誰もが殺したくなる人間を登場させ、「殺したかったから殺した」という、もっとも単純でもっとも珍しい動機を扱ったミステリ、だという。楽しんで読んでいただきたい。



オススメ本リストへ