ひとが日々行っている営みは絶えることがなく続いていく。そうであってこそ、子が育ち、やがて新たな命も生まれる。ひとは老い、やがて死を迎えるが、変わりなくこの世は続いていく。
「蜩の記」葉室麟 祥伝社
城内で刃傷に及んだ檀野庄三郎は、格別のはからいで切腹を免れ、家老により、幽閉中の元郡奉行、戸田秋谷の暮らす向山村へと遣わされた。秋谷は十年前、前藩主の側室との不義密通を疑われたが、家譜編纂に携わっていたために切腹まで十年の猶予を与えられた男だった。庄三郎に命じられたのは、三年後の切腹を控えた秋谷が逃げ出さぬよう見張りつつ、家譜編纂を手伝い、なおかつ藩にとって不都合な記述がないか目を配ること。しかし、秋谷とその家族と出会った庄三郎は、武士としての気高さ、清廉さに触れ、次第に七年前の事件そのものを疑うようになる……――
家譜編纂という作業を通じて秋谷に弱みを握られたのではと恐れる家老一派。秋谷一家を慕いながらも、重い年貢にあえぎ、一揆をたくらむ村人たち。物語は、七年前の事件に隠された真実を暴くという謎ときとともに、さまざまな人々の思惑を超えて、命を区切られた男の凛とした生き方を描き出す。
な んといっても、秋谷の生き方がよい。十年と区切られた日々の中、穏やかに己のなすことを続けていく姿。死にたくないという思いだけで秋谷の住む向山村にやってきた庄三郎が、武士としての覚悟を知り、少しずつ変化してゆく。この物語が描いているのは、秋谷の息子、郁太郎、そして思いがけず秋谷と関わることになった庄三郎が、それぞれに秋谷に影響されて武士の生き方を模索し、立派な若者に育っていく三年間だともいえる。
さわやかな読後感を残す一冊。第146回直木賞受賞作。オススメ。
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