何かを美味しい、と思えれば生きることができる。たとえどれほど絶望的な状況にあったとしても、そう思えればひとは生きていける。
「八朔の雪」「花散らしの雨」 高田郁 角川春樹事務所
神田御台所町の「つる家」の調理場で腕をふるう澪は、故郷の大阪で仕込まれた上方料理が、江戸の人々の口に合わないことに苦しんでいた。しかし、店主の種市は細かいことはいわず、澪のやりたいようにと任せてくれる。放任なのか、信頼なのか……――もがき、工夫を重ねる中で、澪は種市の心の中にある真実を知り、周囲の人々のやさしさに支えられている自分に気づく。
連作短編集。物語は、澪が料理の工夫を重ね、ひとつずつ、江戸の人々の口に合う料理を探していく中で、新しい人との出会いや、旧い人との再会といったものを、現在だけでなく過去を振り返りながら描いてゆく。雲外蒼天――苦難の道を歩むだろうが、努力を続ければ、誰よりも青い空が見えるだろう、と予言された澪の人生は、二親を亡くし、親とも思って尽くした主家の没落を目のあたりにし、ようよう手に入れた小さな幸せさえ、心無い人によって壊されていく、と、確かに次々に苦労が続く。だが、それでも生来の負けん気と明るさと、天性の味覚とで、澪は確実に己の料理を確固たるものにしてゆくのだ。
基本的には、澪の周囲にいるのは種市をはじめ、長屋の隣人など庶民的な人々だが、実は料理を食べにくる浪人の小松原や、医師の源斉などは、はっきりとは書かれていないがどうやらそれなりの身分の人々らしい。さらには、澪が雲外蒼天と占われたとき、旭日昇天と称された親友の野江。幼い日、火事の中で失われたと思っていた親友は、思いもかけないところで生きているらしい。今後、野江との再会はあるのか、ひそかに思いを寄せる相手とは、こころを通じ合わせることができるのか――今後が楽しみなシリーズである。
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