「そう解釈する視聴者がこの世に存在することは、理解できますが」
               
 「破線のマリス」野沢尚  講談社

 首都テレビ報道局のニュース番組『ナイン・トゥ・テン』の『事件検証』のコーナーの映像編集を担当している遠藤瑤子は、ときに恣意的なカットを挿入することで刺激的な映像を作り出すことを日常化していた。そんな彼女を指名して渡された一本のVTR。とある弁護士の自殺に絡む郵政省の汚職疑惑と、その弁護士を殺害したと思われるグレーの背広姿の男。渡されたテープを編集した瑤子が主としたのは、ある男の笑顔だった。警察の取り調べが終わったあと、ふと見せた男の満面の笑みに感じた違和感。瑤子は自分の感覚を信じてそのまま放映するが、その結果、笑顔を映された男、麻生は職を失い、家族を失うはめになったと瑤子に謝罪を求めに来る。あの笑顔の不気味さは瑤子が作り出したものにすぎないのか、それともあの映像はやはり麻生という男の本質をとらえているのか? ストーカーまがいのことをされ、徐々に追い詰められた瑤子は、さらに自分にVTRを渡した男の死を知らされて……――
 虚と実を自在に操っていたはずの瑤子だが、ふと気付くと自分の周囲には寒々とした実生活しかないこと、虚像を負うことのむなしさを知ってしまう。だが続けるしかない、続けなければ子どもを捨て、仕事を選択した自分のすべてが否定されてしまう。追い詰められた女性の心理がさらなる悲劇を招く。
 多かれ少なかれ、どんなテレビであっても恣意的な操作がなされているのだろうか。そう考えると、怖い。
 第43回江戸川乱歩賞受賞作。



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