この国には、父の親友がいて、親戚たちがいて、父を育てた養母の墓がある。それは父がこの国で生きた証だった。
 ――少しずつ、私は父が中国に残した人間関係に足を踏み入れていった。
            
  「あの戦争から遠く離れて:私につながる歴史をたどる旅」城戸久枝  情報センター出版局

 一九七六年一月、城戸幹と妻陵子の次女として生を受けた「私」、城戸久枝は、何不自由なく育った「日本人」だったが、父、城戸幹の養母は中国人であり、幼い日に「中国のおばあちゃん」を訪問したことは強烈な記憶として残っていた。だが、父が中国残留孤児であることは、久枝にとっては遠い過去のことでしかなく、深く考えることなく、ただそういうものなのだと思うだけだった。しかし、あることをきっかけにして中国留学を決めた久枝は、そこでの経験から、父の過去に深い興味を抱き始める。文革の嵐が吹き荒れる中国で「日本人」として生きること、そこにはどんな苦難があったのだろうか。
 五歳で家族と離ればなれになり、見知らぬ中国人によって育てられるようになった城戸幹は、自分の名前さえ忘れ、孫玉福としての生活を送る。貧しいながらも、養父母の愛情をたっぷり受けて育った玉福は、勉学に打ち込み、奨学金を得ることで中学、高校へと進むが、高校でのある出来事をきっかけに、自分の国籍、民族といったものを考え始め、「日本人」として生きることを選択する。しかし、当時の中国では、「日本人」であるという告白は大学進学、就職にまで大きく影響するものだった。二度の受験失敗と就職困難の中、玉福は日本に帰りたいという気持ちを強くする――
 父と娘。家族でありながら、家族であるゆえに、幼少時の苦労や恋愛などは語らないものかもしれない。しかし、中国留学をきっかけにして、久枝は膨大な量の父の日記や手紙を目にする機会を得る。厳しくて強い父を作り上げた中国。父を知ることが、自分の生き方にもつながってくる。
 NHKドラマ「遥かなる絆」原作。ドラマもよい話だったが、文章で読むとさらに重いものがある。また、ドラマでは書かれていなかった、中国残留孤児の訴訟にかかわった話なども出てくる。日本で生まれた残留孤児二世という筆者が、早く帰国できた父には苦労が少ないのか、それともそうではないのか……と考えるところなど、ドラマ以上に父と娘の絆が強調されていると思う。
 貧しくても自分を愛してくれる養母や、自分を支えてくれる親友。言葉も、文化も、なにもかも「中国人」であるのに、なぜ日本に帰りたいと願うのか。国籍とは、民族とは、いったいどのようなものなのだろう。いろいろなことを深く考えさせてくれる本である。
 大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞、黒田清JCJ新人賞受賞作。



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