「ええ、愛していると――言うのは簡単、妹さんがご主人に言うように。年に四度、この監獄から手紙で書くこともできる。でもわたしの魂は、あなたの魂を愛してはいない――もう溶け合っている。わたしたちの肉体は愛し合っていない。もともと同じものがひとつに戻りたがっている」
「半身」 サラ・ウォーターズ (中村有希訳) 創元推理文庫
ときは1874年。テムズ河畔にそびえる石の迷宮、ミルバンク監獄を慰問のために訪れた貴婦人マーガレット・プライアは、そこで不思議な女囚に出会った。監獄じゅうの静けさを集めたよりもなお深い静寂を身にまとうシライナ・ドーズ。彼女は暴行と詐欺の罪で刑に服する霊媒だった。シライナはほんとうに霊を呼ぶことができるのか。戸惑いがちにシライナに接するマーガレットの前に、次々とこぼれ落ちる不思議。
父を失い、恋人をも失ったマーガレットはかつて自殺に失敗し、母親に監視されるようにして息苦しい日々を過ごしている。監獄への慰問も、さほど熱心に行っているようではない。しかし、シライナとの出会いをきっかけに、泥沼にはまり込むように狂った方向に向かってしまう様子が、よくわかる。また、この物語は二年前のシライナの事件をも遡って並行に記されているが、シライナもまた、自分ではどうしようもない力によって導かれていってしまった、ある意味では哀れな女性である。これは絡みあったふたりの女の運命がもたらした悲喜劇だといってもいいかもしれない。
積み重ねられたエピソードと、驚きの結末。自殺未遂をするほどの老嬢のひとりがたり、とくれば陰鬱な描写が多く、まったくこれはどういう話なんだ、と思いつつ最後まで読んでいくと……まさかね! という結末。これを味わうだけでも読む価値あり。しかも解説を読むと1873年という時期にもひそかなたくらみがあるようで……練り上げられた構成が、もしそこまで含んでいたとしたら脱帽。
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