それは、子どものころ、おもちゃの兵隊を、机の上にならべたときの気持ちににています。それから、砂場で、小さな線路やトンネルをつくり、そこに電車を走らせたときの気持ちにもにています。ああ、そういう小さな世界にさよならをしてから、いく年すぎたでしょうか。
「ハンカチの上の花畑」安房直子 講談社
いなかの村から出てきて郵便屋をしている良夫さんは、ある日、手紙を届けた酒屋のおばあさんから、不思議なつぼをあずかることになる。ハンカチの上にのせ、「出ておいで……」と呼びかけると小人が出てきて、おいしい菊酒をつくってくれる、不思議なつぼ。おばあさんは良夫さんに、小人がお酒をつくるところをだれにも見せないこと、お酒を売ってはいけないこと、のふたつをやくそくさせ、そのやくそくをやぶるとたいへんなことになる、という。
けれど、つぼから出てくる菊酒のおかげで元気になり、幸福になった良夫さんの生活は、良夫さんが花屋のえみ子さんと結婚したことによって変わってきてしまう……
「出ておいで 出ておいで 菊酒つくりの 小人さん」
遠い南の島のたいこのようなリズムを持つそのことば。この物語のもつ不思議な世界は、はじめから、どこか怖いような雰囲気を持っている。ほの暗い物語の中にぐいぐいと引き込まれ、最終章では良夫さん、えみ子さんとともにふっとぎらぎらした蛍光灯の中の現実に投げ出される、そんな気分をきっと味わうはずだ。
ちなみにこの人の作品には他に「きつねの窓」「空色のゆりいす」「ライラック通りの帽子屋」などがある。丁寧に織り上げられた世界を楽しんでもらいたい。
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