メアリはゆっくり、悲しげにうなずいた。「あなたがさがしている単語は」そっとささやきかける。「“ひとりぼっち”よ」
            
 「ホミニッド 原人」 ロバート・J・ソウヤー(内田昌之訳) 早川書房

 カナダの巨大な鉱山の奥で、ニュートリノ検出を行なっていたルイーズは、ある日、完全に密閉された部屋にある密閉された重水の中で溺れかけていた男を発見する。奇妙な服と奇妙な言葉。だが、それ以上に――奇妙な外見。張り出した眉弓と、突き出した上顎。彼の外見は、ネアンデータール人の特徴そのままだったのだ。
 彼、ポンターは、クロマニヨン人ではなくネアンデルタール人が進化した並行宇宙からやってきた量子物理学者だった。医師ルーベン、遺伝学者のメアリ、そしてルイーズの3人が中心となって、ポンターとの会話を試みる。そこには、豊かで深い知性と、この世界とはまるで違う社会生活とがあった。
 一方、ポンターの世界では、突然姿を消したポンターをめぐって、ひとつの争いが起きていた。ポンターの同僚アディカーが、ポンター殺害の容疑で死体なきままに告発されたのだ。親友を失った悲しみに浸るまもなく、みずからの潔白を証明しなければならなくなったアディカーは、不利な状況の中で途方にくれる。物語は、ポンターの「こちら側」での生活と、アディカーの「向こう側」での生活が交互に描かれる形で進行する。
 わたしが読んだ4冊目のソウヤー(たぶん)。残酷な現実が描かれる一方で、登場人物たちの成熟度が安心して読める一因なのだと思う。ネアンデルタール人が現れたからといって無責任に騒ぐわけでも、実験動物扱いするわけでもなく、じっくりと向かい合って、互いに尊敬しあうまでに信頼関係を構築してゆく。そしてまた、「異質さ」というものを、楽しませてくれる。異星人の目からみた地球人、並行宇宙からやってきたネアンデルタール人から見た人類。強大な力を持つからこそ心やさしいネアンデルタール人のポンターにとって、マンモスや他の多くの種をすでに絶滅させ、いまなお絶滅の危機に向かわせている人類の残酷さは信じられないものだ。人類のメアリは、彼と知り合うことで、彼の目で人類のこれまでを振り返る視点を持つ。そういうところが、ソウヤーのうまさである。
 ヒューゴー賞受賞。納得。



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