「なぜぼくなんだ?」
「ベルガリアード物語」 デイヴィッド・エディングス(柿沼瑛子訳) 早川文庫
ファルドー農園に暮らす少年、ガリオンは、ひょんなことからポルおばさん、語り部のミスター・ウルフらとともに旅を出ることになる。それは、太古の昔、強大な力を秘めた<珠>をめぐって生じた神々の争いとかかわりのある、逃れられない運命だった。世界の命運をかけ、予言を成就するための冒険に出るガリオン。<光の子>と<闇の子>の戦いの決着はいつつくのか。
というわけで、「ベルガリアード物語」全5巻。読者には、純朴な農園の少年ガリオンが、予言された運命の子であることは明らかなのだが、問題なのは、ガリオン自身はそれを知らないこと。神話の世界に名を残す人々が実在していて、自分が世界の<目的>のために生きているといわれたって、そのことがそう簡単に飲み込めるわけではない。戦おうにも剣術などまるで知らないし、張りきって暴走してしまえば、大人たちに叱られてしまう。勢い、旅でのガリオンは、薪拾いや水汲みなどを担当するしかなく、周囲の大人たちもまた、ガリオンを子ども扱いしているのか、詳しいことはまるで教えてくれないまま、「何か」が次々に起こる。そんな状況にいらつけば、ますます子ども扱いされるだけ。それでも、広い世界を見て、さまざまな人に会うことによって、ガリオンは少しずつ成長し、己の使命を自覚してゆく。
ガリオンを見守る大人たちは、誰もが個性的で魅力的。主人公のガリオンのほうが、むしろ「子ども」という存在であるだけで、魅力には欠けるかも(笑)。前半は奪われた<珠>を追いかける話、後半は<珠>をめぐる世紀の戦い、ということになるが、後半は、ガリオンよりも、途中から出てきた脇役のはずのセ・ネドラ王女のほうが存在感たっぷり。といっても、もしかしたらこの物語の魅力は、登場人物ひとりひとりというよりは、<予言>によって定められた行為をしなければならない人間たちが、「なぜぼくなんだ?」「なぜわたしが?」と思わずついつい口にしてしまいながらも、義務を遂行していくところにあるのかもしれない。しかも、<予言>には従わなければならないのだが、<予言>そのものは狂人のたわごとのように散文的なものが世界のあちこちに散らばっている。いきおい、<光の子>に有利な予言もあれば、<闇の子>に有利な予言もあって、そのどちらが選択されるのかは、結局、彼ら自身に委ねられているのだ。だからこそ、「なぜぼくが?」とうめきながらも、世界を救うためには、正しい選択をしなければならない。そういう意味でも、やっぱりこれはヒロイック・ファンタジーではなくエピック・ファンタジーなのである。
登場人物が多いのと、聞き慣れぬ地名がやたら出てくるので、そういうファンタジーが苦手な人にはちょっと苦痛かもしれないが、物語全体はユーモアもあり、活発な雰囲気で読みやすい。オススメ。
ちなみにこの続編「マロリオン物語」は、どうしたって「ベルガリアード物語」のネタばれをしなければ語れないので、省略。ちょっとだけ話しておけば、「ベルガリアード物語」でわき役だった人たちが、けっこうな中心人物になって復活。しかも思いもかけない事実などが明らかになり、どうやら西方諸国と東方諸国の争いにも変化が見られそうである。個人的には、こちらのほうが面白かったかも。
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