「これで一人」と、伯爵は、このすさまじい死によって早くも形相の変わってしまった屍体をじっと見すえながら、なにか意味ありげにつぶやいた。
             
「モンテ=クリスト伯」 A・デュマ (新庄嘉章訳) 講談社文庫

 1815年2月、マルセイユに到着したファラオン号の若き船長代理、エドモン・ダンテスの心には一点の曇りもなかった。雇用主のモレル商会のモレル氏からは厚く信頼され、将来には何の不安もない。老いた父も寝たきりとはいえ、息子であるエドモンを愛してくれている。そして何より、心より愛する美女メルセデスの愛を信じることができる喜び、そして間近に迫った結婚式に、彼は幸福の絶頂ともいう場にいたのだ。しかし、そのエドモンの出世を憎むモレル商会の会計係ダングラール、メルセデスに横恋慕している漁師のフェルナンによって、エドモンは無実の罪を着せられてしまう。しかも証拠を手に入れ、彼を救い出すことのできたはずの検事補ヴィルフォールもまた、保身のためにエドモンに罪を着せたため、エドモンは海に浮かぶイフ城の牢獄へと繋がれてしまう。
 物語は、14年の長きに渡って土牢に閉じ込められていたエドモンが、同じく囚人であったファリア神父によって世間を知り、見事な教育を受け、希望を捨てずに脱獄した後、ファリア神父から引きついだ莫大な遺産を用いてモンテ=クリスト伯爵となり、神の正義――すべての復讐を成し遂げるまでを描いたものである。脱獄した後、モンテ=クリスト伯となって登場するまでのエドモンがどこで何をしていたのかが詳しく語られることはないが、復讐にあたってかなりの月日を費やして下調べを怠っていないことは明らかである。そのため、ダングラール、フェルナン(現在はモルセール伯爵)、ヴィルフォールにはそれぞれ息子や娘が存在しており、何も知らない若者たちのモンテ=クリスト伯爵との交流、若者の恋がモンテ=クリストの計画に微妙な調整を加えていく様など、とにかく広がりがあって素晴らしい。敵が犯した犯罪を直接的にではなく、まさしく神の手技としか思えぬやり方で丹念に暴き、そのことによって敵を追いつめていく。
 なんとなく話だけは知ってる、などとはいわずにぜひ読んでいただきたい作品。読後のすがすがしさも最高である。



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