「あなた、パラノイアよ。わかってる? あなたは不要品のリサイクルセールを見ても、何かの陰謀が潜んでいると考える人なの」
                 
「憤怒」 G・M・フォード(三川基好訳) 新潮文庫

 かつて捏造記事を書いたとして《ニューヨーク・タイムズ》を追われ、現在は《シアトル・サン》の遊軍記者としてひっそりと暮らしているフランク・コーソ。彼が突然、《シアトル・サン》のオーナー、ミセズ・Vに呼び出されたのは、死刑執行一週間を切った連続レイプ殺人犯、ウォルター・リロイ・ハイムズの件だった。事件で唯一生き残った商人、ハイムズの死刑を決定的にしたその女性が、いまになって偽証だったと言い出したのだ。誰も自分の話に耳を傾けてくれない……と訴えるその女性、リーン・サンプルズは、コーソにしか話をしないといって、偽証の事実を語る。唾棄すべき嫌なやつであることは事実だが、かといって偽証による死刑は許されない。残された時間でコーソは事件がハイムズによるものではないこと立証できるのか?
 なにがいいって、キャラクター造型がとてもよい。リーン・サンプルズにしても、なぜ彼女が偽証してしまったのか、いままたなぜ本当のことを話そうとしていて、それがどうして皆に疑われるのか……ということが、彼女のしゃべりかたや生活、ちょっとした癖からわかるようになっている(イライラするなこの女! って思わせるところがミソ)。コーソのカメラマン兼アシスタントを勤めるドアティにしても、刺青師だった前の恋人によって全身に奇怪な模様を彫られ、現在はそれを隠すためにどんなに暑くても長袖を通している。だが、彼女が挑発的に身につける黒づくめの服装が、彼女の複雑な性格を現していて、それがちょっとした折のコーソとのやりとりで表面化する。
 どんなに最低な男であっても、犯していない罪によって死刑になることは許されないのか、それとも、どのみち死刑になる男ならば放っておいてもいいのか。真犯人は誰か、という謎のほかに、人が人を裁く(そして許す)ことの困難さなども描かれていると思う。ひねくれもののコーソの話は今後も続くが、とりあえずはこの一作をぜひ。



オススメ本リストへ