「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」
                    
  「舟を編む」 三浦しをん 光文社

「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれか届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「海を渡るにふさわしい舟を編む」

 そのような思いから名づけられた国語辞典『大渡海』。会社人生のほとんどを辞書に捧げつくして、そろそろ定年を迎えようかというベテラン編集者・荒木。荒木とともに幾多の辞書を編纂し、辞書を、言葉を愛してやまない老研究者・松本先生。そして、そんな荒木に見出され後を託された、まじめ(馬締)。荒木や松本先生、まじめたちの熱意に感化されて、少しずつ辞書が好きになっていくチャラ男の西岡や、無愛想だが仕事はきっちりこなす契約社員の佐々木さんなど、辞書編纂部の個性的な面々の努力によって、『大渡海』のプロジェクトが動き出すのだが……
 いやー、おもしろかった。
 用例採集カードを持ち歩き、はじめて耳にする言葉があればこまめに書きとめておく。好きな女性を前にして、「天にものぼる気持ち」はなぜ「あがる」ではなく「のぼる」なのだろうと、「あがる」と「のぼる」の違いを考えることに没頭し、いつしか女性がいなくなっていることにも気づかない。言葉に敏感で、ひたすら言葉や辞書を愛している人々。
 辞書って、こんな風に作られているのか。
 なにかに夢中になること、周囲が見えなくなるほどなにかに打ち込むことをかっこ悪い、と感じていたチャラ男の西岡が、いつしかこれだけ夢中になるものを持っているまじめたちをうらやましく思い始める。その気持ちが、わかる。
 思いを届けるための舟。辞書をゆっくりめくってみたくなった。



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