「今は誰がよいのだ。なにポール・モーリア。ではそれにしないさい。それから料理人はもちろんフランスから呼びなさい。七、八人でいいだろ。余興は魔術がよろしいな。庭ではサーカスをやらせよう。引田天功と木下を呼びなさい。なあに。今からでは間に合わんなどとは言わしゃせんぞ。間に合わさせるのだ。そういうプランでければわしのプランではない」
             
「富豪刑事」 筒井康隆  新潮文庫

 キャデラックに乗り、イギリスで誂えた背広を着て、一本8500円もする葉巻をくわえ、腕にはローレックスの腕時計という青年刑事、神戸大助。父、喜久右衛門がさんざん悪いことをして稼いだ巨額の富と、低収入の刑事という身分の狭間にあって、金銭に対するバランスはどうにも収まりが悪い。とはいえ、かつての悪事を反省し、息子が正義のために金を使うことが罪ほろぼしになると信じる喜久右衛門の金銭援助もあって、富豪刑事の事件解決はつねにスケールの大きい、非常識なものとなっていた――
 原作よりもドラマのほうがよく知られているかもしれません、「富豪刑事」。
 なにがいいって、もちろん喜久右衛門の存在である。
「お前はわしの罪を洗い浄めてくれ、わしの金を使い果たすために神がこの世につかわされた天使のようなものじゃ」
 などとわあわあ泣き、捜査のためにダミーで作った会社が儲かってしまい、結果的に財産が増えると、
「なんじゃと。く、く、黒字でその上、製品が評判で外国からも引き合いが来ておるじゃと。それではいずれ大企業になってしまうではないか。こいつらめ。性懲りもなく昔と同じようなことをくり返しおって。この老人の荷をこれ以上重くしようというのか。なんということをする。ええい。ここな裏切り者めらが。この親不孝者」
 と烈火のごとく怒り狂う(しかし、そもそも文化勲章ものの博士やら、大企業の社長やらなにやらを揃えて会社を作っているのに儲からないはずがない)。
 そして……よくわからないが、最後に「おめでとさん。おめでとさん」と踊りながら出てくる署長。
 短編なのだが、実はそれぞれに実験的な趣向が凝らされていたり、事件の内容も、刑事たちのかかわり方も違うという脱パターン化の試みが見られたりと、楽しめること請け合い。
 ま、ものすごーく贅沢かつ不可能な望みをいえば、ドラマ「富豪刑事」の筒井康隆版ノベライズが読んでみたいんですが……無理でしょうねえ、やっぱり。



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