「神は死んだよ。2019年に死体が見つかった。アルファ星のそばの宇宙空間を漂流していた」
「フロリクス8から来た友人」P・K・ディック(大森望訳) 創元SF文庫
タイヤの溝掘り職人、ニック・アップルトンは、自らが合格することが出来ず、その他多くの<旧人>もまた不合格となった試験を、息子のボビーに受けさせようとしていた。世界は突然変異的に出現した、優れた頭脳を持つ<新人>と、超能力を持つ<異人>に支配され、その他60億の<旧人>は支配され、虐げられる一方だったのだ。しかし、ボビーは試験に合格することが出来ず、絶望的になったニックは勤務先の上司につれられ、地下組織と接触する。彼らの希望はトース・プロヴォーニ。かつて、この世界を変革させるための救いを求めて外世界へと旅立った男である。そして、フロリクス8からの友人をつれて、プロヴォーニが帰ってくるという噂が流れる……――
暗くのしかかる閉塞感。自分にも息子にも、60億人の人々にも将来が見えないという状況の中、それでも平凡な暮らしをしていた平均的な<旧人>の男が、ふいに変貌するとき。彼をサンプリングし、検討していた支配者たちをも驚かす、その急な発想の転換はどこから生まれたのか。
キレる、という言葉があるが、ディックの作品に登場する人物たちは、あるときぶちっとキレてしまう一瞬を持っている。それまでの生活だって、どうしようもなく悲惨なのに、耐えに耐えていて(もしくは、自分がそれに耐えていることにさえ気づかず生活していて)、おそらく何もなければこのまま一生を終えるはずだったのに、ある日、キレる。また、ディックの作品で恐ろしいのは、世界そのものがある日突然、キレてしまうことだ。途切れなく連綿と続いていたはずの生活が、足元からひっくり返されてしまう。
ディックの作品を好きだ、ということはできるのだが、オススメ文を書くのはすっごく難しいことに気づいてしまった。けれど、オススメです。読んでください。
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