「ユダヤ人を軽べつするのを、もしきみたちがきょうにでもあすにでも見聞きしたら、次のことをよく考えてほしい。
ユダヤ人は人間だ。われわれとまったく同じ人間なんだ!」
「あのころはフリードリヒがいた」
ハンス・ペーター・リヒター(上田真而子訳) 岩波少年文庫
わたしがこの本を高く評価する理由の一つは、これがユダヤ人側ではなくドイツ人の少年側から描かれたユダヤ人迫害の事実だからだ。この本を読むとき、わたしはひとのこころの弱さを思わずにはいられない。戦争反対を口にし、差別を批判することは平和な現代においては容易なことだ。だが、社会の流れに逆らってまで己を貫き通すことのできるものはおそらくごくわずかにすぎないだろう。
「ぼく」はユダヤ人の親友フリードリヒや、その父シュナイダーさんに同情してはいるが、ドイツ少年団に入団していることを誇りにも思っている。それが正しいことかどうかの判断もつかぬままに誘われてユダヤ人寮を破壊し、けれど同じ日の夜、フリードリヒの家が破壊されているときには思わず泣き出してしまう……そんな少年だ。
ユダヤ人を迫害から救った人々の話も多く残っている。しかしおそらくは、多くの人びとはこの「ぼく」と同じようなこころの動きを感じていたのだろうと思うのだ。そしてまた、現代のわれわれの多くも、いざ戦争ということになったときには……
だからこそ「ベンチ」に登場する少女ヘルガの存在はある意味での救いを与えてくれるような気もする。わたしたちの多くは弱い。けれどヘルガのように自分を見失わずに生きることもできるかもしれない、と。
繰り返す。平和な時代に戦争反対や差別批判を口にすることは簡単だ。けれど、非常時にも同じことを口にできるのか。己の心の強さ、弱さを考えるためにも、ぜひこの本を読んでみてほしい。
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