おれは人類というやつにうんざりした。軍隊に吐き気をもよおし、あと百年ばかりこんな自分につきあって生きていかねばならぬことに、恐怖した。……ま、いつの世でも洗脳ってやつがあるさ。
           
 「終わりなき戦い」 ジョー・ホールドマン(風見潤訳) ハヤカワ文庫

「今夜は、音をたてずに人を殺す八つの方法を教授する」

 こんなバカバカしい台詞から始まるこの物語は、<エリート徴兵法>によって徴兵された、物理学を学ぶ学生だったウィリアム・マンデラの約5年ほどの戦争を描いたものである。訓練につぐ訓練、無為な待機、そして無抵抗の相手に対する虐殺。そして、流れゆく時間。マンデラにとっては数年間の間に、地球では10世紀以上のときが過ぎてしまったのだ。通じない言葉、慣習、敵以上に理解しがたい部下たち。
 終わりなき「戦い」とは、誰に対するものだったのだろうか、という不思議な読後を残す。たしかに、トーランという敵は存在する。だが誰も、なぜ闘うのかということは考えない。しかもこの物語では、マンデラが所属する部隊以外の――つまり、戦争の大局がどうなっているかも掴みづらい。物語はただひたすら、生きのびるための訓練、束の間の休息、戦闘につぐ戦闘、そんなものの繰り返しが描かれているからだ。このあたりが、他の戦争を扱ったSFとはだいぶ違うイメージを抱く原因かもしれない。マンデラが戦う理由は人工的に植え付けられた憎悪である。自分の知りあいすべてが亡くなり、理解しがたい生活を送る人々の住む地球に対しては、人類のために、地球のために、という言葉さえ出てこない。
 日本版の序文で、作者はこんなことを書いている。
 作者は、最初書き始めた作品を、合衆国のヴェトナムへの介入に対するSF的な隠喩になるだろうと思ったが、結局そのアイデアを放棄せざるをえなくなった。最初の意図とは違う作品になってしまった。
 しかし、数ヶ月前にわたしはインド人の読者に会ったのだが、その人は、わたし自身捨て去ったと思っていた隠喩が的確だと誉めてくれた。あなたはヴェトナム戦争の開始から終結までを記述したのですね、と言うのだ。
 戦争が前面に押し出されているが、描かれているのは戦争などというものではないし、暴力肯定などといった単純なものでもない。では、作者はなにを意図していたのか。それは、己の闘いを省みることなく、思考すら停止した生活を送る兵士たちの姿を読んで、読者であるわたしたちが自分で考えることなのだろう。ヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞。



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