「もし彼女がわたしの邪魔になったら、わたしは見捨てますよ。追われた時に彼女がついてこられなければ、置き去りにします。負傷した場合も彼女を助けません……」
「ヴァチカンからの暗殺者」 A・J・クィネル(大熊栄訳)新潮文庫
ポーランド人法王、ヨハネ・パウロ二世暗殺の動きを察知したヴァチカンは、法王には極秘で、先手を打つためにアンドロポフ書記長の暗殺を決意する。暗殺者に選ばれたのは元ポーランド秘密保安機関のエリート少佐、ミレク・スツィボル。彼には個人的にもアンドロポフを憎む理由があった。ミレクをテロリスト訓練基地に送り出す一方、ミレクのクレムリン入りを楽にするために、ひとりの修道女が用意された。長い道のりをミレクの「妻」となり、彼と行を共にするアニア・クロルには、彼女が修道女でありながらも修道女らしい振る舞いをしなくてもよいという法王の赦免状が渡されるが、それはアンドロポフ暗殺を計画した三人の司祭たちがでっちあげたものだった。そうとは知らないアニアと、次第にアニアに惹かれてゆくミレク。ヴァチカン内部の密告者により、ふたりの行く手には次々に妨害者が現れる。果たして、ミレクの暗殺は成功するのか。そして、許されぬ恋の結末は。
秘密保安機関の少佐として、心を失っていたミレクが、旅の途中、手を差し伸べてくれる支援者たちやアニアとの交流によって、次第に人間らしさを取り戻してゆく。しかしそれは一方で、機械的に人を殺すことの否定でもあり、ためらいや罪の意識をうむものでもある。クィネルって人間の描き方がうまいなあ、と感じるところ。
それにしても、実在する人々をフィクションとして用いているために、暗殺を企てたとされる司教(日本版はイギリス版を底本にしているため、名前が変えられている)から訴訟を起こされた経緯もあるこの本。知らなくてもおもしろいけれど、当時の政治的状況とか経緯を知っていると、もっと楽しめる本であることは間違いない。
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