ぼくは死んでしまった今、初めて思うぞんぶんに生きている。
この世界で死者として存在することは、純一にとってまったく悪くなかった。
もっともっと生きたい。正確には、もっと死んでいたい。
死の中の「生」の醍醐味を見極めたい。
「エンジェル」石田衣良 集英社文庫
とてもいい気持ちだ。
ふわふわと闇に浮いている。
だがよくよく見てみると、ここは森の中。棺の形に掘られた穴の中に、歯をつぶされた若い男が埋められようとしている……あれは自分じゃないか。だとしたら、ここにいる自分はすでに死んでしまっているということか?
自分本位な父に育てられ、義母と義弟のために10億円で追い出され、以後、投資会社のオーナーとして生活していた掛井純一は、何者かに殺されてしまったらしい……が、この二年間の記憶がないため、自分がどうして殺されるようなことになったのか、さっぱりわからない。初めのうちこそ何が何だかわからなかったものの、幽霊としての能力を存分に活かして、純一はこの二年間に何があったのかを探り始め、とある新作映画へ七億円も融資していたことを知る。映画界の巨匠といわれた男と、敏腕プロデューサー。彼らの映画にかける熱意こそは本物のようだが、彼らの裏にいる謎の男たちはどうやら自分を殺した連中に間違いない。いったいなぜ?
「エンジェル」とは、文字通り天使の意味として、純一が幽霊となって幽霊として愛してしまった女性を守ろうとすることでもあるが、もうひとつは、純一の仕事そのものが「エンジェル」であったことにも由来する。自分を殺した相手がわかっていて、しかも自分には生きているときとは違う力がある……のに、復讐に走らないところが、いかにも石田衣良作品。恨みつらみばかりの幽霊ではないからこそ、死後の「生」を充実したものにできるのかもしれない。
暗い話ではないので、ホラーやら幽霊話が苦手な人にもオススメ。
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