進捗状況を実感するために、ときどき読破した『ブリタニカ』を仕事部屋の床に積みあげてみる。おお、だいぶ高くなった。ふふふ、と笑いながら誇らしい気持ちで首を振る。なかなかいい感じ。
           
 「驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!」 A.J.ジェイコブズ(黒原敏行訳) 文春文庫

 小さいころは頭がよかった。高校でも大学でも、けっこう知的なやつと思われていた。それは自分だけの思い上がりで、自分は頭がいいと思いこんでいただけかもしれないけれど……。いまは恥ずかしいほど無知になってしまっていて、高いお金を払った大学教育の成果は霧のかなた。知識が豊富な義兄のエリックにはいつも悔しい思いをしている。それにそもそも百科事典を読むというのは、弁護士で勉強好きの父が以前、Bの途中で挫折した計画だ。なんとしても『ブリタニカ』を読み切って、父を超え、エリックをぎゃふんといわせ、テレビのクイズ番組で賞金を勝ち取ってやる……!
 という、なんともおバカな挑戦をはじめた「ぼく」の実話。話はAからZまでの知識(?)とともに、その言葉にたどりついていたころの「ぼく」の日々が描かれることで進んでゆく。高IQ集団の会員への仲間入りを果たそうと試みたり、ディナーパーティのあいだ、身につけたばかりの知識をいかに披露するかで苦心したり。といっても、彼のマイナーすぎる知識はパーティ向きとは到底いいがたく、ついには妻のジュリーに関係のない蘊蓄をたれたときには罰金、という罰則まで課されてしまう。
 図書館で本の説明をするときには、辞書や百科事典というのは隅から隅まで読むものではなく、必要な部分を必要なときに読むものですよ、と口にしているが、こうやって隅々まで読む人もいるんだなあ(笑)。しかも、そんなことしてほんとに世界一頭がよくなれるのかどうかは……褒めてもらいたさに知性の最高権威の一人であるイェール大学の教授から「時間のむだであろう」といわれてしまったとおりであって……(以下略)。
 とはいえ、どんなことでも最後までやり遂げる姿はすばらしいし、なによりつねにユーモアを失わない姿がよい。百科事典を読んでいるうちに父や義兄との関係がよいほうに変化し、ついには念願の子どもを手に入れて父親になる(これは百科事典読みとは関係ないが、話の中には子作りネタがやたらでてくるので)。これはある一人の男性の成長物語でもあるのだ。「クイズ・ミリオネア」登場の結果は読んでのお楽しみ。



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