人間の魂をここまで釘付けにできるもの。無垢なる心が、ただ真摯に、ひたすら一途に、命懸けで対峙するもの。その胸に迫るものこそ、芸術が持ちうる究極の力ではないだろうか。
        
 「天上の調べを聞きうる者」(「永遠の森」所収) 菅浩江 早川書房

 地球と月の重力均衡点のひとつラグランジュ3にぽっかりと浮かんだ巨大博物館苑<アフロディーテ>。人類が手に入れる限りの動植物、美術品、音楽や舞台芸術が収められている小惑星。ミューズ、アテナ、デメテルといった三つの専門部署には優秀なデータベースと直接接続された学芸員たちが日夜を問わず勤めている。しかし、ものによっては単一部署では始末に終えないこともある。たとえばベーゼンドルファー・インペリアルグランド、「97鍵の黒天使」と異名を取るピアノの場合、展示をめぐってミューズとアテナが真っ向から対決。音楽・舞台の管轄と見るべきか、絵画・工芸の管轄とみるべきか。こんなときに登場するのが、総括部門であるアポロン。主人公、田代孝弘の所属部署である。
 そんな彼の元に届けられたのは一枚の絵。「おさな子への調べ」と題されたそれは、いっけんとりとめがなく、美術価値は皆無。しかし辛辣な批評で有名な女性評論家は手放しで絶賛。脳神経科の患者が群がった、という事件も発生している。果たしてこれは駄作か、はたまた大傑作なのか。究極の美とはいったいなんだろう……
 連作短編集。最初のほうでちらっとしかでてこないピアノと、ずうっと名前とちょっとした情報しか与えられない孝弘の妻ミワコが最後に大きな存在として現れてくるまでの伏線の見事さもため息がつくほどうまいが、なにより孝弘の存在がいい。直接接続者といっても、検索はデータベースでヒットする数が多ければいいというものではない、問題は絞り込みだ……なんて、いいことをいってくれるじゃないですか。孝弘が悩みつつ「もの」を分類する話ということでミステリーの雰囲気もあり、非常に楽しめる一冊。SFが苦手な人にも読んでもらいたい逸品である。



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