君は世界の平和について考えたことがあるか? ないならば、考えてみるといい。幸い、ここにいる者には、時間はたっぷり用意されている。
「エデン」五條映 文春文庫
新宿のスラムで育ったストリートギャング「涅槃」の亞宮柾人は、ギャング同士の抗争で逮捕され、K七号施設と呼ばれる矯正施設に送られた。しかしそこは、外部との連絡が厳しく制限され、この施設の存在を知る者が外部でも限られ、内部にいる者もまた、ここがどこか、どんな施設なのかを把握していない、という非常に奇妙な場所だった。終身刑や長期刑を言い渡された政治・思想犯ばかりが収容され、囚人による自治が認められたK七号施設で、ストリートギャングの亞宮は特殊な存在だった。特別な思想や信仰を持たず、金と暴力しか信じない亞宮が、なぜこんなところに送られてきてしまったのか。細々と外にいる弟分のケンジと連絡を取り、ケンジの情報によってK七号施設のことを探ったり、同時期に送られてきたギャング抗争の相手だった蔡と情報を交換しながら、亞宮は少しずつ、この施設の裏にあるものにふれていく。それは21年前に起きた日比谷暴動と関係があるようだったが……――
刑務所ではなく矯正施設、囚人ではなく生徒……と、使用されている用語はうわべをとりつくろっているし、施設そのものも、一般の刑務所より安全で清潔で自由。だが、それこそが作り上げられたものではないか、と疑い始めれば、不気味さは増す。
とにかく、ふてぶてしい亞宮柾人がよい。どんな状況下でもうまく立ち回り、誰のことも信用せず、だからこそ誰からも信用され、互いに対立するグループのあいだをすいすいと泳ぐ。その自由で奔放なさまは、己のちゃちな信仰や思想に縛られている者たちから見れば、信じられないほどに力強い。しかし、そんな亞宮が、いつしか日比谷暴動の記憶に飲み込まれていくあたりも、物語の深みを増している。
どこまで操作されているのか。自分の意志などそもそもあるのか。最後まで目が離せない。オススメ。
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