「いや、狂言というなら、もう一人可能性のある人物がいるじゃないですか」
        
 「人間動物園」 連城三紀彦  双葉社

 大雪のある日、警察に誘拐事件を告げる電話がかかる。だが、その電話の主は前日、飼い犬の誘拐をさも人間の誘拐のように言い立てた坂上礼子というおばさんだ。今度は猿なの猫なの、と冗談交じりで一応出かけた発田と朝井。だがそれは、巧妙で複雑な誘拐劇の幕開けだった。
 坂上礼子の隣の家に住む、四歳の少女が誘拐されたのだという。だがその家には盗聴器が複数仕掛けられ、母親は家から出ることも、警察に頼むこともできない。唯一盗聴器の仕掛けられていない浴室越しに、隣の家にメモを渡すことでの意思疎通。だが徐々に限界は近づいてくる。しかし、誰が一体こんなに手の込んだことを? 離婚したとはいえ被害者の少女の父親は、有名政治家の庶子。そして一億円という身代金は、折りしも政治家家野大造が贈収賄を疑われているのと同じ金額。このことにも意味が……?
 事件は大雪の中、息をひそめるように進行する。誰もが信頼できない。そして時折部下が見せる暗い目――連城ミステリー、さすが。といったところである。特に家野輝一郎の人物造型は、ある意味ではよくあるパターン、ある意味ではそれだけに「わかる」、と。連城ファンにはたまらない、複雑な過去をもった好青年(好中年)になっている。緊迫感の中、二転三転するドラマ。しかも最後の謎は「本当に誘拐されていたのは誰か?」である。どうぞ、じっくり考えながら読んでもらいたい。



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