いつまでも挫折を抱えているわけにはいかなかった。克服し、新しい地平を切り拓く姿を、身をもって陽子の前に提示するのだ。
       
 「シーズ ザ デイ」 鈴木光司  新潮文庫

 結婚九年目の妻に嬉々として離婚を申し渡され、独り暮らしをはじめることになった船越達哉。引越し先を探しているときに丁度売り出された三十七フィートの外洋クルーザーを購入したあたりから、船越の人生は新たな局面を迎えることとなる。
 十六年前に沈没させてしまったヨットの沈没位置を示す海図を持って現れた稲森裕子、船越のヨットの元のオーナーである岡崎、そしてかつて沈船に同乗し、船越の子を身ごもったまま別れた恋人の月子。運命に操られるようにして、船越は生まれていなかったはずのわが子と対面し、ふたりで十六年前のヨットが沈むフィジー沖へと向かう――
 十六年前の挫折を抱えた船越は自分に自信がなく、ただただ日々をうつろに過ごしている。だが、司法試験合格という自分の夢を掴んで去っていった妻の姿は、おそらく船越の心に何かを残したのだ。そして、とつぜんの娘との再会が、彼に、自分が娘に残せるもの、娘に托したいものの存在を考えさせることとなる。
 海洋小説であり、ミステリの要素も含み、親と子の複雑な感情もまじえた、中身のぎっしり詰まった小説である。船越は地に足のついた、悪くいえば慎重すぎておもしろくないタイプ(だんだん変わっていくが)だが、元恋人の月子や岡崎といった、強烈なキャラクターが周囲をかためて飽きさせない。特に月子。美貌の女性であるがワガママで気分屋、ヒステリーを起こすと凶暴性も増す、というなんともとんでもない女性だが、どこか憎めない……というより、こういう人っているいる、仕方ないよね、と思わせるところが見事。あとがき代わりの対談で、鈴木光司と久間十義が
「おとことしては、こういう女に魅かれるでしょう(笑)」
「いやー、一度は月子でしょう、やっぱり(笑)」
 といっているのだが、それがナットクできてしまうようなのも、すごい。
 個人的には謎の人物、岡崎の作った曲が、さまざま場面で重要な役割を果たしているようなのも、細かい遊びが効いているように感じられてよかった。さわやかな読後感の一冊である。



オススメ本リストへ