だれでもだんだん大人になるうちに知ることだが、この年の秋、ぼくは完全な父親はいないということを知った。大人は複雑な生き物だ。変な癖があったり秘密があったりする。
「ダニーは世界チャンピオン」 ロアルド・ダール(柳瀬尚紀訳) 評論社
ぼく、ダニーは九歳の男の子。生まれて四か月めに母さんが死んでしまい、それからずっと、父さんとふたり暮し。ふたりの住まいはジプシーの箱馬車。父さんが持っているものといえば、その箱馬車と小さなガソリンスタンド、それだけだ。でも、父さんはぼくに愛情をたっぷりそそいでくれて、一緒に遊んでくれて、エンジンの修理についても教えてくれた。ふたりで凧をつくり、熱気球を飛ばし、弓矢をつくり、竹馬やブーメランを作った。ぼくは父さんが大好きで、だから友だちを家に呼んでくることも滅多にない。父さんとふたりきりで過ごす時間が楽しくてたまらなかったからだ。
ところが九歳のある日、ぼくは父さんの暗い秘密を知った。その秘密は最初、ぼくをとてもとても驚かせたけれど、それは最初のきっかけにすぎなかった……――
子どもにとって大人は、特に親というのはあるときまで完璧な存在である。自分と同じような子ども時代があったとは思えないし、できないこと、知らないことがあるとも思えない。なんでもできる正しい存在。それが親だ。しかし、ダニーが気づいたように、実は親にもできないことや失敗してしまうことがあるし、もしかしたら悪いことをしていることだってある。「複雑な生き物」である大人の世界をちょっぴりのぞきこんだダニーの日々。大好きな父さんの暗い秘密や、父さんの失敗を目にして、それでもなお「ぼくの父は、疑いなく、男の子にとって最高にすばらしい、わくわくするような父だ」といい切るダニーと父さんの関係がすばらしい。
物語の最後、ダールが子どもたちへあてたメッセージも必読。
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