幸福。グラス一杯のホット・チョコレートのようにかんたんで、人の心のように複雑なもの。苦くて。甘くて。生きていて。
「ショコラ」 ジョアン・ハリス(那波かおり訳)角川文庫
カーニバルの風に乗って、ヴィアンヌとアヌーク母娘はフランスのはずれにある小さな村、ランスクネにやってきた。整然と区画され、編成された土地。蒼白く生気のない人々。けれどふたりはこの村が気に入り、次の風が吹くまで、この村に住むことに決めた。そして教会の近くにヴィアンヌがひらいたチョコレートの店(ショコラトリー)は、保守的な村人たちが見たこともない色彩にあふれていた。ヴィアンヌを目の敵にする教会の主任司祭レノーの煽動で、店に来ることを控えさせられる村人たち。だが、彼らの中にも好奇心や他人を受け入れる心はあったのだ……ヴィアンヌの店には少しずつ訪れる人々が増えていく。それは何より、ヴィアンヌの薦めるチョコが、それぞれの気持ちや体調にぴったりだったからかもしれない。苦くて、甘くて、生きていて。
ヴィアンヌの店を中心に起きるさまざまな出来事。それはチョコ(人生)そのもののように、時には甘く、ちょっぴり苦い。夫に虐げられていた妻がみずからの人生を取り戻し、疎遠になっていた祖母と孫が秘密の時間を共有する。避けがたい死と向き合う、それもまた、人生。物語は人の死や別れとどう向き合うのかといった重い話題を絡めつつも、チョコレート・フェスティバルという最大のイベントにむけて収束してゆく。
実は映画のほうを先に観たのだが、小説はもっとヴィアンヌの持つ魔女の素質を明確にし、ヴィアンヌが恐れ続けていた『黒い男』との対決の図式を司祭レノーとの対決として描き出しているために、映画よりもむしろわかりやすい。登場人物たちひとりひとりも、チョコレートの好みとともに生き生きと描かれ、これはもう、断然、小説のほうがオススメ。娘アヌークの空想上の友だちパントゥフルの存在も見逃せない。
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