こういうところが、彼女を平凡から遠ざける。彼女はシンプルだが平凡ではない。
         
 「チョコレート・コスモス」 恩田陸 毎日新聞社

 脚本家の神谷は、あるとき原稿に行き詰まって外を眺めていて、奇妙な少女の存在に気づいた。少女は人ごみの中、異常なまでの集中力で周囲を見まわしている。そして特定のひとりに視線を定めると、相手の側に近づき……ふっと消えてしまう。いや、そうではない。たったいま見つけたばかりの他人そっくりの表情と動きをしているせいで、少女自身が消えたように見えたのだ。いったい彼女は、何のためにそんなことをしていたのか?
 そのころ、若き女優の東響子は自分でもどうしようもない焦りや不安を抱いていた。自分はいまのままでいいのか。果たしてここは自分の居場所なのか。迷いの中、アイドル出身の少女と舞台の上で演じなければならない。それはひとつの闘いだ。女と女の意地とプライドがぶつかりあう。そんなある日、響子は新国際劇場のオープニング企画に、女二人が主役の芝居がかけられることを知る。だが、生まれて初めてどうしても出たい、と願ったその芝居のオーディションに、響子は呼ばれることがなかった。
 物語は、役者の家に生まれ、天才的な女優として生まれ育った東響子と、大学1年になって初めて劇団に入り、本能で芝居をする佐々木飛鳥を中心に進められる。荒削りでありながら他人を惹きつけずにはおかない飛鳥の芝居は、同じ劇団員にしてもうまいのか下手なのか判じかねる。そんな彼女に、脚本家の神谷は運命的なものを感じ、響子もまた、不思議な手応えを感じる。
 ミステリえもSFでもホラーでも学園ものではない。そう、これは「ガラスの仮面」だ。実はまるきりまっさらな状態で読みはじめたので、途中でSFになるんじゃないかとか、どこからミステリになるんだろう、なんて思っていたことは否めない。最後まで芝居に関わる人々の情熱が描かれるとは。ただし、その分、これまでの恩田陸にあったような、ぐいぐい引っ張っておいてすとんと投げ出す、という終りではなくなっている。良くも悪くもふつうの小説。それでこれだけ読ませるのだから、やっぱりたいした作家だとは思う、恩田陸。ただ、従来の恩田陸ファンはこれでどれくらい納得するんだろうか……ミステリとかホラーとかを期待して読んでしまう人、やっぱりいると思うから。この違和感、読んだ人と少し話してみたい。



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