「まだ死ねない。『ジョルスン物語』を観ていないんだ」
「大いなる序章」G・R・R・マーティン編(黒丸尚他訳) 創元SF文庫
1946年、異星人がもたらしたウィルス爆弾がマンハッタン上空で炸裂。これに感染した人間は十人のうち9人が死亡。生存者10人のうち9人は肉体的に異様な変貌を遂げ「ジョーカー」と呼ばれ、残りの1人は特殊な超能力を発現させた「エース」となった……
「ワイルド・カード」シリーズと呼ばれるこの作品は、複数の作家がそれぞれ担当キャラクターを受け持ち、複雑な物語を織り上げている。G・R・R・マーティン、ゼラズニイなど、SFファンなら目を疑うほどの豪華陣。
ジョーカーは超能力を持たず、ただ醜く変容してしまったものたちだが、中には逆ジョーカーといってとてつもなく醜い姿から絶世の美女・美男子に変容したものもいる。ワイルド・カード・ウィルスは、その人が心の中で強く願っていたことや、本人が気づかずに心に抱いていた欲望を具現化させることが多いのだ。変り種エースのひとり、キッド・ダイナソアなどがいい例だろう。恐竜好きのその少年は、好きな恐竜に変身する能力をもつ可愛いエースだ。質量保存の法則を破るわけにはいかないので、ミニサイズの恐竜に変身し、あちらこちらのエースにまとわりついては迷惑がられている。
とはいえ、この物語はキャラクター魅力だけで読ませる話ではなく、もうひとつのアメリカ史でもある。練り上げられた構成によるエース排斥、復活の歴史であり、新たな異星生物の脅威との戦いの歴史でもあるのだ。さまざまな能力をもつさまざまなエースたちが入り乱れ、ニューヨークを舞台に戦うこのシリーズ、ぜひ一度、手にしてもらいたい……ところだが、おそらく現在は在庫なし、長期品切れ中。とはいえ本屋に並んでいるのを見かけないわけでもないので、早めに手に入れておくか、図書館などで借りて、読んでもらいたい。冒頭にあげたごくなんでもない台詞の意味が、きっとわかってもらえることと思う。
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