「一見へなへなしているが、底知れぬ恐ろしさをもったやつも世間にゃいるんだ。金田一耕助というのがそういう化けもんのひとりなんだ」
              
   「金田一耕助ファイル 病院坂の首縊りの家」 横溝正史  角川文庫

 昭和二十八年八月に始まって、昭和四十八年の四月にようやく解決した事件――もちろん、その間に金田一耕助はさまざまな事件を解決してきた。そしてもちろん、金田一と関わった等々力警部も年をとったし、東京という街そのものも、戦後の驚異的な発展によって姿を変えた。病院坂の事件は、金田一耕助最後の事件であり、ひとつの物語の中で、時代の動きをも感じることのできる、非常に大きな作品なのである。
 この事件のきっかけは以下のとおり。
 金田一耕助はある日、芝高輪の本條写真館の本條直吉から、彼が撮ったという不気味な結婚写真のことについて相談を受ける。そしてそれは、ちょうどそのころ金田一が関わっていた法眼由香利の誘拐事件にも関連があるようだった。麻薬によっていいように弄ばれたと思われる新婦、のちに首だけが風鈴のようにぶら下がって発見された新郎。彼らの背後に隠された切なく、血なまぐさい歴史とはどのようなものか? 事件は謎を抱えたまま収束したかに見えたが、それから二十年。かつての事件の関係者たちが一堂に会したとき、そこでまた新たな事件が発生する。
 実は今回「金田一耕助ファイル」を1〜20まで連続で読んだのだが、いくつかの発見があって非常に面白かった。現代の推理小説への影響といったものはもちろんだが、金田一耕助の描き方とか、時代の変化とか、見るべきところはいっぱいある。本陣殺人事件あたりでは、まだまだ戦争の影響も大きいが、病院坂の下巻になると、戦後の復興――というより、もうすでに近代日本の華やかさのようなものまで感じられるほどになっている。食べもの一つとってみたって違うのだ。とはいえ、さらに注目すべきは、物質的に豊かになるにしたがって、事件のあり様が残酷さを増していくという点かもしれない。
 アメリカからふらりとあらわれて、そしてアメリカに去ってゆく金田一。もしや数々の事件は、彼が見た残酷で淫靡な夢だったのか。どの作品から読んでもいいとは思うが、できれば、最初から最後まで……通して、読んでいただきたい。きっとそこから、ひとつひとつの事件だけを読むだけではわからなかった「何か」が見えてくる。




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