神がさしのべてきた手にも似た希望の白い光が、人を死の落とし穴に突き落とす残忍な凶器になりうるなど、その光にすがろうとした人間には思いもよらぬことです。
                    
「白光」 連城三紀彦   朝日新聞社

 ある夏の日、ごくふつうに見えた一軒の家で、幼い少女が殺された。カルチャーセンターに通う母親によって預けられたおばの家で、祖父とふたり、留守番をしている最中の出来事だった。殺したのは誰か? 半ば呆け、ときに暴力的な行為をも見せる祖父なのか。犯行直後、複数の人間に目撃された白いシャツの若者か。
 少女の名は、直子という。けれど、この小説からは直子がどんな少女だったのか、見えてこない。母にとっては夫以外の男との情事の最中にも静かにお絵かきをしているような、手のかからない楽な娘だった。父にとって、それは自分ではない男の子どもかもしれない女の子だった。そして、おばである聡子にとっては外見は可愛らしい、けれどどこかなじめないものを持つ幼女であり、半ばぼけている老人、桂造にとっては、それはかつて自分を裏切った妻であり、その妻が産んだ娘でもある。
 錯綜した殺意。誰が誰を憎み、誰を愛し、そして誰が少女を殺したのか。誰もが自分は殺していないといい、誰もが直子に対してこころの底では殺意を抱いていたことを認め、そして複数の人間が自分こそが殺人者だと告白を始める。これぞ連城作品の醍醐味ともいえるミスリードの連続。三人称と一人称の交錯が物語に微妙な彩りを与えてもいる。
 ひとが持つこころの隙間に入り込んでしまったような、そんな少女。直子の存在の稀薄さが、その稀薄さゆえに重みを持って、読後にざらりとした感触を残す。



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