どういうことよ、どういうことなのよ。売るのをやめたって、どういうことなのよ!
     
「理想の物件」楠木誠一郎(「憑き者所収」) アスキー

 探しに探していた理想の物件、緑ヶ丘団地Bタイプが売りに出た。しかも14号棟。間取りはしっかり頭に入っている。庭ではガーデニングができるし、娘はリビングを通らなければ部屋にいけないようなつくりになっている。この階段の位置が大切なのよ。一階のトイレにはウオシュレットがほしいわ。トイレマットはパステルピンク、バスマットは淡いブルー。ああ、完璧だわ、完璧! ――と盛り上がっていたはずの緑ヶ丘団地Bタイプ、14号棟が売り出しをやめたという。腹が立ってどんなヤツが住んでいるのかと見に行ってみれば、カーテンの趣味は最悪、庭の手入れもろくにしていないらしい。このままじゃ家が痛んでしまう。
 理想の物件に住みたい、という思いにとり憑かれたあまりに、その家のゴミを盗み出し、ついには家宅侵入まで試みてしまう主婦の物語。
 書き下ろしアンソロジー「憑き者」は、なにかに憑かれてしまう人々の物語だが、意外にこの手の家モノが多かった。他にも室内のインテリアが気に入らず、夜中にひたすら模様替えを繰り返す「スッキリさせたい」(山田宗樹)などもある。だから、もちろん化け物、妖怪、その他、ありえないものたちに憑かれた人の話もあるのだが、むしろこれは心の暴走。何かがしたくてしたくてたまらない、それを理解できない人のことは許せない…! という。だから、怖い。理解できてしまうからだ。こういう人はいそうだし、こういう人に一歩間違えてなってしまう可能性は否定できないわけだし。
 そろそろ蒸し暑くなってくる夜に、ひんやりとする一冊をどうぞ。



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