「合計四十四億五千万円。凄じい資産だよ」
「そうだな、凄じい。ただし、すべてが本物ならの話だ」
          
「土蔵は消化不良」(「不器用な愛」所収) 風間一輝 角川文庫

 表の稼業はカメラマン、裏の稼業は詐欺師。表の稼業はともかく、裏の稼業はとにかく腕利きの滝川のもとに、若きころの恋人であり、亡き友人の妻である榊河原夕里からの以来が舞い込む。亡き夫が残した土蔵五つ分の贋作コレクション。本物に限りなく近い、贋作にしては最高の出来のものばかりのそれらを「本物だと偽らず贋作と知らせて売る」「膨大な作品群をそっくりそのまま、個人あるいは一団体に売れ」という条件付で引きとってくれる相手を探してくれ――と。ただ売り払うだけならば二束三文。だが、そんなことでは詐欺師の名が泣く。そこで滝川が編み出した手段とは……?
 痛快な詐欺話やその詐欺師を追う刑事の話が続くが、この短編集が収めているのは滝川を中心とした物語ばかりではない。魔法のような一夜を描いた「雨垂れ」もいいし、潜入捜査を続ける監察官の苦悩を描き、「暗殺の街」として映画化もされた「されど卑しき道を」もいい。影のようにひっそりと女性の影がちらほらするだけで、ここに書かれているのはどれも男たちの物語。
 個人的には「国道四号線」が好きだ。強い陽射しの中を裸足で何も考えずに歩く男。ふと前後する自転車乗りとの束の間の出会いと別れ。国道四号線の景色や、アスファルトの熱や、雨や風、陽射し、空気の流れ、静けさ、鳥の声、すべてがくっきりと感じられる。
 さまざまな味わいのある作品を楽しめる短編集である。



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