あとわずかで人類は神に到達する。
「Brain Valley ブレイン・ヴァレー」瀬名秀明 新潮文庫
脳科学者孝岡護弘は、自分でもさほど価値があるとは思っていなかった発見が認められ、各分野の気鋭の学者が集う施設<ブレインテック>、最新脳科学総合研究所に主任級の待遇で迎えられる。だが、ブレインテックで行われている実験のすべてを孝岡が知っていたわけではなかった。所長の北川や研究員のメアリーアンが隠している実験とは何か。何も知らされないまま孝岡が導かれたのは、白く発光する女、幽体離脱体験、そしてエイリアンによる誘拐といった、これまでの自分からは信じられない出来事の数々だった。真実か、それとも幻覚か。記憶とはいったい何なのか……? 自分自身の身に起こった出来事を解明するため、孝岡はこれまでとは違った観点から脳の問題に取り組んでゆく。そのころ、<ブレインテック>内部でもさまざまな思惑が絡みあい、本来の目的とは異なった実験が行われるようになっていた。複雑に絡み合う思惑、そしてばらばらなように見える実験結果。それらがひとつになったとき、<神>がその姿を現すのか……?
脳、といった観点からUFOやエイリアンによる誘拐、臨死体験などを解き明かした作品。孝岡をはじめとする研究員たちの研究内容は、メアリーアンの息子、小学校5年生のジェイクに説明するという形で簡易化されて紹介されるが、とにかく難しいことをやっているなあ……という認識で読んでいると、それが突然エイリアンだの臨死体験だのにつながって驚かされる。といっても、これは小難しく脳について書いただけの小説でもなければ、エイリアンによる誘拐や臨死体験について書いただけの小説でもない。人の感情や行動は脳によって決まるのか、心はあるのか、そして神の奇跡は本当にあるのか……? というような、実は人と人とのかかわりあいのようなものを深く描いた作品、コミュニケーションについて語った作品なのである。
その意味では、孝岡がわだかまりを感じている息子の裕一をなんとかして理解したいと努力する姿は、単なるエピソードのひとつではなく、物語の中心にあるものとしてとらえてもいいのかもしれない。親子、同僚、そういった人々の関係はどのようにして深められていくのか。最後がややあっけない感もあるのだが、長さは苦にならない作品。
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