「俺、よくわからなくなってきた。湊屋の旦那は、俺なんか、最初っからあてになってないんじゃないかな。だったら俺、ここでいったい何をやってるんだろう? なんで俺、ここにいるんだろう?」
                 
  ぼんくら 宮部みゆき 講談社文庫

 深川北町の一角にある鉄瓶長屋で、殺しが起きた。殺されたのは八百屋の息子、太助。寝たきりの父親はなにごとがあったかを告げることはできず、そして惨事を伝えにきた妹の袖は、血でぐっしょりと濡れていた。「殺し屋が来て、兄さんを殺してしまったんです」泣きながら訴える妹の言葉は、はたして真実なのか?
 長編というよりは、連作短編の趣のある時代小説ミステリー。
 太助の事件をきっかけに評判のよかった差配人が姿を消し、後に据えられたのは、差配人になるには若すぎるほどの佐吉。だが、鉄瓶長屋あたりを見廻る同心の井筒平四郎が心配したほどには、佐吉は世間知らずでもなく、むしろ驚くほどうまく差配としての仕事をこなしている。だが、櫛の歯が抜けるように次々に長屋からは家族が去っていく。この長屋ではいったい何が起きているのか? 甥の弓の助とともに、平四郎が鉄瓶長屋の謎に取り組む。
 煮売り屋のお徳、女郎あがりのおくめ、町家に置いておくと間違いがあるかもしれないから……と心配されているほどの美少年でありながら、見たものは何でも計ってしまうとい弓の助、どんなことでも記憶するおでこの三太郎。子どもっぽく、ぼんくらな平四郎の周囲にいる個性的な面々がいきいきと描かれている。前半の短編が後半の長編の伏線にもなっており、とにかくぐいぐい読める。平四郎と弓の助の物語があるなら、今後も読んでみたい。 



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